傷害致死につき誤想過剰防衛が認められた事例 についての判例研究

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橋本 佑

最高裁判所第一小法廷昭和62326日決定 

昭和59()1699 傷害致死被告事件 

掲載 刑集第412182 

参照条文 刑法36条・38条・2051  

 

 

事実の概要 

空手三段の腕前を有する被告人は、夜間帰宅途中の路上で、酩酊したA女とこれをなだめていたBとが揉み合ううち同女が倉庫の鉄製シャッターにぶつかつて尻もちをついたのを目撃して、BがAに暴行を加えているものと誤解し、同女を助けるべく両者の間に割って入った上、同女を助け起こそうとした際に同女に「ヘルプミー。ヘルプミー。」と言われ、次いでBの方を振り向き両手を差し出して同人の方に近づいたところ、同人がこれを見て防御するため手を握って胸の前辺りにあげたのをボクシングのファイティングポーズのような姿勢をとり自分に殴りかかつてくるものと誤信し、自己及び同女の身体を防衛しようと考え、とっさにBの顔面付近に当てるべく空手技である回し蹴りをして、左足を同人の右顔面付近に当て、同人を路上に転倒させて頭蓋骨骨折等の傷を負わせ、八日後に右傷害による脳硬膜外出血及び脳挫滅により死亡させた。 

 以上の事実関係につき、第1審(千葉地判昭和5927刑集41巻2号241頁)は本件の被告人の回し蹴りの行為は、急迫不正の侵害の事実を誤想し、これに対する防衛行為としてなしたものであり、酔っていたBが転倒し打ち所が悪かったために脳挫傷に至ったことを考え、被告人は相手の攻撃を阻むためにした行為であり転倒させる意図はなかったため、本件の行為は防衛の限度を超えておらず本件行為は相当性があり、また誤想に過失がないとし故意を阻却し無罪を言い渡した。 

 これに対し検察官が告訴し、原審(東京高判昭和59・11・22高刑集37巻3号414頁)は被告人が急迫不正の侵害を誤想して反撃行為に出たことについては第1審と同じに認めたが、被告人の回し蹴りの行為は危険性が高く、また他の防衛手段も多数あったとして被告人の行為には防衛行為としての必要かつ相当性を欠くものであり、さらに危険な回し蹴りについて認識していた被告人に錯誤はないことは明白であるとし、誤想防衛の成立を否定した。その上で本件は誤想過剰防衛にあたるとし傷害致死罪の成立を認め、情状を考慮し、刑法36条2項過剰防衛に準拠して刑を減軽し懲役1年6月、執行猶予3年を言い渡した。これに対し弁護側が上告した。 

 

決定要旨 

上告棄却。その上で裁判所は以下のように職権判断した。 

本件回し蹴り行為は、被告人が誤信したBによる急迫不正の侵害に対する防衛手段として相当性を逸脱していることが明らかであるとし、被告人の所為について傷害致死罪が成立し、いわゆる誤想過剰防衛に当たるとして刑法36条2項により刑を減軽した原判断は、正当である(最高裁昭和40年(あ)第1998号同41年7月7日第二小法廷決定・刑集20巻6号554頁参照)。 

 

判例研究 

1 はじめに 

 (1)本件は、「勘違い騎士道事件」とマスコミで話題になった事件である。この事件で争点となったのが誤想防衛(第1審)か誤想過剰防衛(第2審)かという点であり、問題とされた法的概念は過剰防衛、誤想防衛、誤想過剰防衛についてである。これらの法的概念の区別は論者によって異なり、その複合性から事実認定や理論的説明の困難性が議論されることとなる。 

 (2)過剰防衛とは「防衛の程度を超えた行為」(36条2項)のことであり、防衛の程度を超えたとは、防衛行為がやむを得ずにしたものとはいえないことである。元来正当防衛と成りえないものについては過剰防衛にも成りえない。(大判昭11・12・7集15巻1561頁、最大判昭23・7・7集2巻8793頁、最判昭32・1・22集11巻131頁)防衛の程度を超えたかどうかは、客観的観点において判定されなければならない。(大判大9・6・26録26・405)過剰防衛においては行為の違法性は阻却されず、違法性が減少される(違法減少説)。急迫不正の侵害に対して、被害者の心理的状況を鑑みて責任性が減少される場合もある(責任減少説)刑法も36条2項により「情状により、その刑を減軽し、又は免除することができるとしている。 

    一方で誤想防衛とは急迫不正の侵害が存在しないにも関わらず、これがあると誤信して防衛を行う場合、および急迫不正の侵害はないがそれが存在すると誤信し、これに対して相当な反撃をするつもりで、客観的に不相当な反撃であった場合をいう。(大塚仁「刑法概説 総論 第四版」[2008]393頁)上記を踏まえたうえで、誤想過剰防衛について考える。 

 2 学説 

  (1)誤想過剰防衛とは①急迫不正の侵害が現実に存在しないにもかかわらず、それがあるものと誤認して、反撃行為を行ったがその過剰性を誤認していた場合(二重の誤想防衛)と②急迫不正の侵害が現実に存在しないにもかかわらず、それがあるものと誤認して、反撃行為を行ったがその過剰性を認識していた場合(狭義の誤想過剰防衛)に別けられる。①の場合は二重の錯誤と呼ばれるものであり、通常の錯誤論を用いることになる。しかし、厳格責任説によれば故意が減刑されるにとどまる(大谷實「刑法講義総論 新版第2版 有斐閣[2007]295頁以下)。誤想過剰防衛の問題となる点は故意犯が成立するか否か、刑の減免が可能か否か(36条2項の適用ないし準用はあるのか)の2点である。なお、後者は判例としては最二決昭41・7・7刑集20・6・554において確定している。 

    (Ⅰ)故意犯の成否 

     (イ)故意犯説 

       厳格責任説の立場をとり誤想防衛を違法性の錯誤とすると、誤想過剰防衛の場合は、違法類型としての構成要件に該当する事実を認識している以上、当該行為が禁止されているかどうかの問題が発生し、ただ誤って許されていると信じたにすぎない違法性の錯誤である。よって、違法性に関する事実に錯誤があったとしても、それは法律の錯誤にすぎないため、故意犯は成立する。もっとも、その錯誤が相当な理由により、違法性の意識の可能性すらない場合にのみ責任を阻却されるにすぎないとする見解(阿部純二「誤想過剰防衛」福田=大塚編演習刑法総論」青林書院新社[1983]133頁以下、大谷實刑法総論 第2版」成文堂[2000]162頁、西原春夫「刑法総論」成文堂[1987]420頁以下)。 

     (過失犯説 

       誤想防衛の過失犯性を誤想過剰防衛にも貫くもので、行為者が第一の急迫不正の侵害を誤認しなければ、第二の過剰な防衛行為も行われなかったであろうと考えられ、第一の誤認の点はこれを無視することができないほどの行為全体についても支配力をもつ。そして誤想過剰防衛は全体として過失犯的な性格しかもたず、過剰事実の認識の有無を問わず、常に誤想防衛の一形態であり故意を阻却して過失犯のみが成立するとする。そして、残りの過剰にあたる点については、ただ量刑において考慮すればよいとする見解(石原明「殺人未遂罪につき誤想過剰防衛が認められた事例」京都法学会[1967]102~104頁法学論叢81巻1号庭山英雄「誤想過剰防衛」日本評論新社[1971]法学セミナー184号47頁) 

     (ハ)二分説 

       現在の通説であり、過剰性の認識の有無によって故意性の成否を判断するもの。過剰事実(過剰性)についての認識がある場合、故意の誤想過剰防衛となる。この場合、行為者は防衛行為の違法性の基となる過剰事実を認識しているため、故意は阻却されずに故意犯が成立することとなる。一方、過剰事実についての認識がない場合、そのことについて認識可能性があることを前提として過失の誤想過剰防衛が成立する。この場合には、行為者が違法性を基づける過剰事実について認識が欠けるため故意犯の成立を認められないとする見解(平野龍一「刑法総論Ⅱ」有斐閣[1986]247頁、中山研一「刑法総論」成文堂[1986]285頁) 

    (Ⅱ)刑の減免の可否 

      (イ)責任減少説 

        正当防衛の要件を具備しない過剰防衛行為は、正当防衛でない以上、明らかに違法行為ではあるが行為者が興奮、驚愕、恐怖、狼狽により過剰な行為に出てしまった場合には、期待可能性が減少しその分だけ責任が減少するとする考え方。よって急迫性が客観的にみて存在していようがいまいが、行為者が主観的に急迫であると思い焦っている以上、責任は減少するのであるとする見解(前田雅英「刑法総論講義」東京大学出版会[1993]353頁) 

      (ロ)違法減少説 

        過剰防衛は過剰結果を生ぜしめたものではあるが、不正な侵害に対して防衛行為を行ったのだから違法性は減少するとの考えに立ち、狭義の誤想過剰防衛の場合は急迫不正の侵害が存在しないから、違法性減少の前提が欠けることになり、この場合には過剰防衛として扱うこと自体妥当ではないとして、刑法36条2 項の適用も準用想過剰防衛も一切認められないとする見解(町野朔「誤想防衛・過剰防衛」良書普及会[1979]警察研究50巻9 号52~54頁)。 

      (ハ)違法・責任減少説 

        過剰防衛の基本は責任減少というより、むしろ違法減少にあるとの前提を採り、誤想過剰防衛は急迫不正の侵害が存在しない場合には、行為者の心理状態を判断するまでもなく、36条2 項を適用することができず行為者の責任減少が通常の過剰防衛と比較して実質的には変わりがないため、刑の減軽を認め、さらに、過剰防衛における違法減少と類似する客観的状況があるとき、つまり急迫不正の侵害の誤認について過失がないときには、刑法36条2項の準用を認めるとするものである。  

3 誤想過剰防衛に対する従来の裁判例 

誤想過剰防衛についての判決は今回の本決定でも引用されており、最決昭和41年7月7日(刑集20巻6号554頁)は,被告人の長男Aが被害者Bに対し、Bがまだなんらの侵害行為に出ていないのに、これに対しチェーンで殴りかかった上、さらに攻撃を加えることを辞さない意思で包丁を擬したBと対峙していた際に、Aの叫び声を聞いて表道路に飛び出した被告人が、上記のような事情を知らず、AがBから一方的に攻撃を受けているものと誤信し、その侵害を排除するためBに対し猟銃を発砲し、散弾の一部を同人の右頸部前面鎖骨上部に命中させたという事実について、「被告人の本件所為は、誤想防衛であるが、その防衛の程度を超えたものとして、刑法第36条第2項により処断すべきものである。」との判断を示し、殺人未遂罪の成立を認めた上、誤想過剰防衛として、刑法36条2項の適用を肯定した。 

この決定要旨においては,結論命題のみが示され,なぜ誤想過剰防衛の場合に故意犯が成立し,さらに過剰防衛の規定まで適用しうることになるのかについての理由は付されていない昭和41年の最高裁決定で示された結論命題は,この昭和62年最高裁決定に踏襲されており(参照判例としての引用がある),すでに判例としての拘束力を持っていることが分かる。しかしながら,誤想過剰防衛の場合には故意が阻却されず,かつ過剰防衛の規定である刑法36条2項を使って刑の減免をなしうる理由づけは,なお示されていない。理由づけ命題を欠くのである。理由づけのための理論構成は,いわば学説に開かれている。 

4 本判決の検討 

 本件の裁判において、被告人が被害者の方を振り向き両手を差し出して被害者の方に近づいたところ、被害者がこれを見て防御をするために手を握って胸の前辺りにあげたのをボクシングのファイティングポーズのような姿勢をとり、自分に殴りかかってくるものと誤信したという限りにおいて、自己及び同女の身体に急迫不正の侵害があると誤信したという要件は第1審、第2審、最高裁ともに充たしていると認めている。よって今回の問題となった点は被告人が被害者に対して行った回し蹴りの行為が相当性を要していたか否かの事実認定の部分である。ここで重要な点は反撃行為によって生じた結果に囚われるのではなく、回し蹴りという反撃行為自体の防衛手段としての相当性を判断しなければならない。       第1審は被告人の回し蹴りの行為は酔っていた被害者が転倒し打ち所が悪かったために脳挫傷に至ったことを考え、被告人の回し蹴りの行為は、相手の攻撃を阻むためにした行為であり転倒させる意図はなかったため、防衛の限度を超えておらず本件行為は相当性があり、また誤想に過失がないとし故意を阻却した。しかし、第2審は空手の中でも危険な技である論駁回し蹴りを被害者の顔面付近に当てたこと、命中の際に足のどの部位を使用して相手に当てたのかなどを細かく検討し、被告人の回し蹴りの行為は正当防衛の手段としての相当性を欠くとし、頭部付近を狙った被告人には過剰性の認識があったと認定した。最高裁はこの判断を肯定している。この判断の違いは、回し蹴り行為は凶器と評価することができ、素手に対する防衛手段としては相当ではなかったと考えられたために生じたように思われる。ここで通説である二分説の立場から過剰事実(過剰性)についての認識のある場合には故意の誤想過剰防衛となるため、故意は阻却されないため傷害致死罪(刑法205条)の故意犯となる。 

次に誤想過剰防衛に対する36条2項の適用の可否が問題となる。36条2項は過剰防衛の規定であり、36条の急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しないとする正当防衛の上で成り立っている法的概念である。今回の場合被告人に急迫不正の侵害が発生しておらず誤信だった場合は36条2項をそのまま適用することはできず、「準用」されるかどうかが問題となる。36条2項の規定は防衛の程度を超えた行為は、情状によりその刑を減軽し又は免除することができるとする任意的減免である。なぜ任意的減軽なのかは違法減少説、責任減少説、違法・責任減少説で唱えられている。違法が減少するのは正当防衛と過剰防衛が相当性の過剰の部分以外が同じことや、防衛の意思と過剰性の認識とが相反しない限り防衛の意思が認められることなどから説明される。しかし36条2項は必要的減免ではなく任意的減免のため違法性の減少はないと考えることも出来る。責任が減少していることは、急迫不正の侵害が自身の身に迫っている時に緊急行為を行ったものは心理的に切迫しており、そのような観点から責任性が減少することは当然のように思われるからださて、問題となっていることは36条2項が誤想過剰防衛に準用できるのかどうかだ。36条2項が責任減少説で説明されることは、突然襲ってきた場合に咄嗟に過剰に反撃してしまうのはあり得ないことではないので何ら不思議ではない。今回の場合、実際には急迫不正の侵害は発生していないのであるから36条2項をそのまま適用することはできない。しかし、違法・責任減少説の立場から刑の免除までは認められないまでも減軽することに異論はない。そのため今回の裁判の判決を支持できる。 

 

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